合同会社アーツイノベーター・ジャパンのプレスリリース
放送作家/演出家・津曲裕之氏によるライブレポートを公開いたします。
ソロアーティストになって2年。ボーカリストとして着実に歩み始めた手越祐也が初めて行ったシンフォニックコンサート。そのMCでいきなり「もう次を考えてます」と。
最初は本当か、と僕は受け取っていた。なぜなら今まで名だたるベテラン・シンガーたちがチャレンジしてきたシンフォニックコンサートが彼らにとっても、なかなかに手強いものだったと聞くことが多かったからだ。その手強い相手との初めての戦いの真っ最中に、手越祐也から飛び出してきた言葉が「もう次を」。コンサートが始まった直後には「今、どうしてやろうかとワクワクしてる」とも。きっとこの日、僕たちは今までになかったシンフォニック、というより、ワクワクする新しいコンサート体験の始まりを目撃したに違いない。
大型連休中の5月4日、東京オペラシティコンサートホールは予想に違わず満員御礼のお客様たちで溢れていた。全国ツアー『CHECKMATE』の間に開催される手越祐也初めての、そして彼の言葉によると念願のシンフォニックコンサート。開演を前に、会場はハードなスケジュールの中でのチャレンジが果たしてどうなるのか、という不安とそれにも増した期待、そして僕たちにとっていまだに敷居の高さを感じてしまうオーケストラとの競演との緊張感が渾然一体となって独特の雰囲気を作っていた。
でもそれは開演と同時に一変した。
オープニング、フルオーケストラとリズム隊のコンビネーションで始まった手越祐也シンフォニックコンサート。オーケストラとの競演に違和感もなく、すんなりと入っていける構成。開演前の緊張感はあっという間に消えていた。『モガケ!』から2曲目の『シナモン』と続く流れは手越ワールドの新しい一面を見せてくれているという感触だった。
ボーカリスト・手越祐也とオーケストラの旅が順調に始まったな、と思ったが、それはいい意味で一瞬で覆された。その後のMCを挟みあっという間に手越ワールドならではの怒涛のシンフォニックコンサートの世界が始まったのだ。
中盤の3曲、なんて気持ちの良い世界!と感じていたのは聴衆だけではなく、もちろんシンガー自身もそうだったはず。その想いからMCでの一連の発言に繋がっていったに違いない。僕たちは冒頭で油断させられながらも、圧巻の手越祐也ならではの最高のシンフォニックコンサートの世界へと、絶妙な構成で引き込まれ圧倒されてしまったのだから。
思うに、手越祐也と名だたる名シンガーたちとの違いは、クラシックを基本とするオーケストラに対する身構え感が、いい意味で“無い”からではないだろうか。彼がオーケストラに抱く感情はシンプルに「格好いい」ということ。その豊かで痺れる音世界に乗ってみたい、という憧れで、妙に気負うこともなく見事にオーケストラの音に乗ることの快感と手応えを本番が始まってすぐに体感してしまったのだろうから(あくまでも想像だけど)。だからオーケストラと競演という今までにあった概念を崩して、もっと楽しく自在に乗りこなすステージを作り上げる、ポップス・ロックのボーカリストとオーケストラの新しい関係が築かれる、その始まりの日を僕たちは目撃したのだと思う。
この貴重な一日は手越祐也という存在もさることながら、曲ごとに編曲家をかえて、さらには曲によってはオーボエダモーレやチェレスタ、デスホイッスルなど、ちょっと珍しい楽器を採用したという音楽面でのチャレンジも功を奏している。そして忘れてはならないのはもう一つ、こういったコンサートでは欠かせない「休憩」もなく、素晴らしい演奏を飽きさせることなく展開したオーケストラとマエストロによるところが大きい。約2時間に渡って休むことなく全力で演奏し、しかも最後の最後で7分に及ぶメドレー曲を渾身のラストスパートのごとく鮮やかにパフォーマンスする力を見せつけたのだから。
こんな構成、僕だったら楽団員の反応が怖くってとてもできない。
閑話休題、このラスト曲が、ますます今後の展開を期待させてくれたというより、これはきっとオーケストラから手越祐也への挑戦状。
この日始まった手越祐也とオーケストラの真剣勝負は、きっと波乱に富んで見逃せない、見逃したくない長い旅になりそうで楽しみになってきた。
Text by Hiroyuki Tsumagari