カルティエ クラッシュ : 前衛と高級時計の融合

フランスの名門ジュエラーであり時計ブランドでもあるカルティエ(Cartier)は、長年にわたり美と機能を極限まで追求し、独自の世界観を築き上げてきました。その中でもひときわ異彩を放つのが「クラッシュ(Clash)」モデルです。一見してそれとわかる非対称なフォルム、どこか歪んだような印象を与える造形は、伝統的な高級時計のイメージを覆し、アヴァンギャルドな精神を体現しています。

その人気の高さから、オークションなどでも愛好家がこぞって求めるアイテムとしても知られています。あなたもChrono24でカルティエ クラッシュ ウォッチを見てみませんか?

ここでは、「クラッシュ」に込められたカルティエのデザイン哲学や、熟練の職人による時計製造技術、そしてファッションとの親和性に焦点を当てながら、このアイコニックなモデルの魅力に迫っていきたいと思います。

クラッシュの誕生

カルティエのクラッシュウォッチは、反抗的でありながら洗練された美学を持つシリーズで、鋲のようなディテールや曲線と直線を融合させた構造が特徴です。その特徴的な非対称ケースは、まるで熱により変形したかのような外観をしているため、一説には事故で溶けた時計を修理しようとして誕生した、という都市伝説まで存在しますが、カルティエ公式では、ロンドンのボンドストリート店舗において、既存の「マキシ・オーバル」ケースを「端をつまみ、中ほどにくびれをつける」ことでクラッシュらしい不規則な形に仕上げたとされています。

この意図的な「歪み」は、カルティエが掲げる「美の秩序に対する挑戦」とも言えるものであり、クラシカルなエレガンスと前衛的な表現を大胆に融合させたデザイン哲学の象徴とも言えるでしょう。

さらに、初回のロンドン版はおそらく10〜20本程度しか作られず、一説には12本前後とも言われている希少品でもあります。当時の販売価格は約1,000ドル(現在の貨幣価値で約7,500〜9,000ドル)だったとも言われており、設計・製造にかかる手間に見合う価格ではなかったと、後に関係者が述懐していますが、今日では初代ロンドン版は、一部が2022年に1.5〜1.65百万ドルで落札されるほどになりました。

また、その後の1980〜1990年代に再生産されましたが、一部で最大でも約400本程度の限定製造にとどまりました。この生産数の少なさは、それ自体が「希少性」かつ「カルティエ・ロンドンらしい職人技の象徴」として、現在の評価額に直結しているのです。

伝統的技術と前衛の交差点

クラッシュのデザインの誕生は、既存の「Baignoire Allongée(マキシ・オーバル)」をベースに、ケースの両端をつまみ、中ほどにキンク(くびれ)をつけるという大胆なアプローチがはじまりでした。これはジャン=ジャック・カルティエとデザイナーのルパート・エマーソンの共同作業で、数多くのスケッチや試作を経て完成デザインに至ったとされています。

さらに、通常のケース製作でも約35時間ほどかかるのに対し、クラッシュのような不規則な曲線を持つケースはさらに時間を要し、金板を使ったフルハンドメイドで複数回の試作を繰り返したと言われています。また、この特異なケース製造は、Cartierロンドン直属の「Wright & Davies」で遂行され、当時は外部に知られることなく進められたという記録も残っています。

クラッシュに限らず、カルティエの非定型モデルではミネラルガラスが用いられますが、特に曲線の強いケースでは、サファイアクリスタルではなくミネラルガラスを柔らかく加熱し、鋳型に沿わせて成形する高度な職人技が必要とされています。その加熱温度は約600℃に達するとも言われており、極めてデリケートな作業なため、熟練した職人による手作業で丁寧に形成・研磨されています。

また、歪んだ文字盤にローマ数字を配置し、針が正しい時刻を示すように組み立てるプロセスは非常に高度な技術を用いて製造されています。この理想的な「歪み」が形作られるまでには、複数回にわたってダイヤルを解体・再塗装・再組立が行われるなど、多くの試行錯誤が繰り返されました。

時計としての機能美と、アートピースとしての存在感。この二つを両立させているという意味でも、クラッシュはカルティエの真髄と言えるでしょう。

時計か、芸術か、境界線の曖昧さがもたらす魅力

多くの高級時計ブランドが、ムーブメントの精度や耐久性を前面に打ち出す中、カルティエは一貫して「美しさ」や「フォルム」を追求してきました。クラッシュはまさにその象徴とも言える存在であり、機能と芸術、秩序と反抗、伝統と革新といった二項対立を内包しながら、それらを高次元で統合することに成功しています。

時計としての価値、ジュエリーとしての美しさ、ファッションアイテムとしての存在感。それら全てが交錯する場所に、クラッシュは静かに、しかし強烈なメッセージとともに存在しています。

さらに、クラッシュは、時計の枠組みそのものに問いを投げかける存在でもあります。均整の取れたデザインが高級時計の常識とされる中で、その「歪み」は単なる装飾ではなく、規範からの逸脱というメッセージを含んでいます。それはまるで、均一化された現代社会において、個を主張し、自由な表現を求める精神の象徴とも言えるでしょう。

カルティエは常に、「美とは何か」「ラグジュアリーとは何か」といった根源的な問いに対して独自の答えを提示してきました。クラッシュは、そうした哲学の到達点のひとつであり、未来の時計づくりにおける新たな可能性を示しています。ジュエリーと時計、アートとプロダクト、装飾と実用性。あらゆる境界を軽やかに越えてゆくこのモデルは、時計を選ぶという行為そのものに、深い意味と喜びをもたらしてくれるのです。

カルティエのクラッシュは、単なる時計ではありません。それは、カルティエが長年培ってきた職人技とデザイン哲学の結晶であり、同時に現代的な個性表現の象徴でもあります。その歪んだフォルムの中には、規範にとらわれない美意識、そして着用者に自由と創造性を与える精神が込められています。

時を告げることを超えて、時代そのものを映し出していると言っても過言でないクラッシュは、まさにそのような存在として、これからも多くの人々を魅了し続けることでしょう。

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