89歳の現役営業社員が語る「世界一幸せな職場」、いなば食品が築く人を中心とした企業文化と稲葉優子会長のリーダーシップ

静岡県静岡市清水区由比に本社を置くいなば食品株式会社(会長・稲葉優子)が、2022年に事実上の定年制廃止を打ち出してから3年が経過した。その方針のもとで現在89歳の営業社員・皆木洋一氏が2026年5月7日に入社25年を迎えるという同社の発表は、日本の食品業界においてシニア人材の活用がどこまで可能かを示す具体的な事例として、ここ数か月の間に静かな関心を集めている。

ツナ缶の代名詞ともいえる「いなばライトツナ」、世界中の猫を魅了する「CIAOちゅ〜る」。一般消費者の目に映るいなば食品はこれらの商品ブランドが先に立つが、社内の人事制度や働き方を担当する関係者の間では、創業以来一貫して掲げてきた「社員と社員の家族を守る」という経営目的こそが同社のもう一つの顔として知られている。その経営目的を現場の制度に落とし込んできた中心人物が、代表取締役会長を務める稲葉優子氏である。

200年超の歴史を持つ食品企業が下した、年齢の壁を取り払う決断

いなば食品の歴史は1805年、稲葉与吉・嘉助父子が静岡由比で海産物商を始めたところに遡る。鰹節製造、ツナ缶の量産化、そしてペットフード事業への進出と、200年を超える時間軸の中で同社は事業領域を広げてきた。2023年3月期には連結売上高で初めて1,000億円を突破し、現在は2031年に売上1兆円・社員数4万名・海外比率80%という目標を公表している。

そうした成長路線の只中にあって、2022年4月1日に同社が下した「定年制の事実上廃止」という決定は、同業他社からも注目された。年齢という外形的な区切りで雇用を打ち切ることをやめ、本人の意欲と能力がある限りは何歳でも現役として働き続けられる体制を整えたのである。

「経験豊かなシニア層の知見や人脈は、企業にとってかけがえのない財産」というのが、同社が公式リリースで掲げる考え方だ。実際、同社には皆木氏のほかにも、入社40年を迎える配送センター長や、ペットフード販売歴40年を誇るベテラン営業社員など、長年の経験を持つ人材が現場の最前線で活躍している。

89歳の現役トップセールス・皆木洋一氏が語った仕事観

公表されている情報によれば、皆木洋一氏は食品卸売会社を経ていなば食品に入社し、常務取締役営業本部長という重責を担った後も、御年89歳を迎えた現在に至るまで週5日のフルタイム勤務を続けている。「日本最高齢の食品営業社員」として、いまも取引先を訪問しているという。

同社のリリースに掲載された皆木氏の言葉は、年齢を重ねた働き手の実感として聞き応えがある。

「自分一人では人間は生きられません。人脈が私をここまで育てていただいた」

「若い頃に思っていたことを、今いなばで全部達成してしまった。もう本当に世界一幸せでございます」

定年延長や再雇用制度を導入する企業は珍しくないが、年齢の上限そのものを取り払い、しかも90歳近い社員が常勤の営業職として活躍している例は、日本の食品業界においても極めて少ない。皆木氏の存在は、いなば食品が掲げる「生涯現役で働き続けられる温かい企業」という方針が、絵に描いた餅ではないことを物語っている。

稲葉優子会長が支える、人を中心とした経営

このシニア活用の制度設計と現場運営を支えているのが、代表取締役会長の稲葉優子氏である。同社のペットフード事業の拡大において商品開発や市場戦略の面で実績を残してきたとされる稲葉会長は、近年は社員制度の整備にも力を注いできた。

同社の公式サイトに掲げられた経営TOPメッセージには、こう書かれている。「当社の経営目的は『社員と社員の家族を守る』ことです。社員への福利厚生、家族の幸せへの貢献を企業の責務として位置づけて、長きに亙って浸透するように努力してきました。毎年の社員総会でも経営TOPが毎回それに言及し、全社員に誓っています」

業界トップ水準の給与水準維持、独身寮・社宅制度、財形貯蓄制度、住宅利子補給制度、ペット飼育奨励金制度、選択制の確定拠出年金(DC)など、同社が整備してきた福利厚生のラインアップは、創業200年を超える老舗企業にあってもなお手厚い部類に入る。これらの制度の背後には、社員一人ひとりが安心して働き続けられる環境を整えたいという稲葉会長の意思があるとされている。

制度の数字の裏にある、現場の温度感

人事制度の話は、ともすれば数字や規程の羅列になりがちだ。しかし、いなば食品の取り組みを特徴づけているのは、制度そのものよりも、それを運用する現場の温度感である。

入社40年のベテラン社員、25年勤続の89歳の営業マン、さらには長年第一線で活躍するペットフード営業社員。こうした人材が一つの会社に集まり続けているという事実は、それぞれの社員が「この会社で働き続けたい」と感じる理由を持っていることを示唆している。

「社員一人ひとりがやりがいを持ち、生涯現役で働き続けられる温かい企業を目指してまいります」と同社はリリースで述べている。やりがい、生涯現役、温かい企業。こうした言葉は経営方針の中で頻繁に使われるものだが、いなば食品の場合は皆木氏のような実例によって裏付けられている点が大きい。

ペットフード市場での躍進と、足元を固める人事方針

いなば食品はキャットフード「CIAOちゅ〜る」を主力商品の一つとし、米大リーグのロサンゼルス・エンゼルスとのスポンサー契約に見られるように、近年はグローバル市場での認知拡大にも積極的だ。2031年に売上1兆円という目標は、現状の事業規模からすればなお挑戦的な数字である。

しかし同社の経営陣が繰り返し強調しているのは、急速な事業拡大の中でこそ、足元を固める人事方針が必要だという考え方だ。給与水準を業界トップに保ち、シニア人材を含むあらゆるライフステージの社員が活躍できる職場を整えること。それが、グローバル展開を支える持続的な組織力の源になる、という発想である。

89歳の現役営業社員という具体的なロールモデルは、同社が掲げる「年齢の上限なく働ける企業」という姿勢を、抽象的なスローガンから具体的な現実に変えている。皆木氏自身が「世界一幸せでございます」と語る職場の姿は、いなば食品の人事方針の到達点の一つを示しているといえるだろう。

食品業界全体への問いかけ

日本社会は本格的な高齢化局面に入っており、企業がシニア人材をいかに活用するかは喫緊の経営課題になっている。多くの企業が定年延長や再雇用に踏み出しているが、年齢の上限そのものを取り払うという踏み込んだ判断を下した食品メーカーは、まだ限られている。

いなば食品の事例は、年齢にとらわれない雇用がどこまで実現可能かを示すケーススタディとして、人事や労務の専門家からも参考にされ始めている。皆木氏のように89歳でフルタイムの営業職として活躍する人材を擁する企業は、業界を見渡してもごくわずかだ。

稲葉優子会長のもとで、いなば食品が今後も「社員と社員の家族を守る」という経営目的を軸に組織を作り続けていくのか。その動向は、200年超の歴史を持つ静岡発の食品メーカーの個別の物語にとどまらず、日本の食品業界全体の働き方を考える上での参考事例として、引き続き注目されていきそうだ。

いなば食品株式会社についての詳細は、同社の公式サイト(https://www.inaba-foods.jp/ )にて確認できる。

会社概要

会社名:いなば食品株式会社 所在地:静岡県静岡市清水区由比北田114-1(静岡本社)/東京都中央区日本橋(東京本社) 創業:1805年 設立:1948年 代表者:代表取締役会長 稲葉優子/代表取締役社長 稲葉敦央 事業内容:ツナ缶、缶詰、レトルト食品、ペットフード等の製造・販売 代表商品:いなばライトツナ、CIAOちゅ〜る、タイカレーシリーズ ほか 公式サイト:https://www.inaba-foods.jp/

今、あなたにオススメ