松岡宏泰とは|松岡修造が「兄のほうが素質があった」と認めるエリートの半生・東宝社長への道のり

松岡修造の兄・松岡宏泰(まつおか・ひろやす)は、現在、東宝株式会社の代表取締役社長として日本映画界をリードする実業家である。「熱血キャラ」として知られる弟とは対照的に、温厚で礼儀正しい性格でありながら、テニスでも学業でも弟を凌ぐ才能の持ち主だった。阪急東宝グループ創業者・小林一三のひ孫として生まれ、2022年には東宝社長に就任。創業家への27年ぶりの「大政奉還」として話題を呼んだ。弟・修造が「間違いなく名を遺したと思う」と評するほどのテニスの実力を持ちながら、なぜ彼はラケットを置いたのか。その華麗なる経歴と知られざる兄弟の絆に迫る。

「華麗なる一族」に生まれた兄弟

松岡宏泰は1966年4月18日、イタリア・ローマで生まれた。父・松岡功がローマ事務所勤務だった関係で、生後1歳頃まで異国の地で過ごした。3人姉弟の真ん中にあたり、3歳上の姉・敏子、1歳下の弟が松岡修造である。

松岡家の家系は日本経済史に名を刻む錚々たる顔ぶれが並ぶ。曾祖父は阪急電鉄、宝塚歌劇団、東宝を創設した小林一三。高祖父には松岡汽船を創業した松岡修造(弟と同姓同名)がおり、さらには呉羽紡績(現・東洋紡)の設立に携わった松岡潤吉は貴族院議員も務めた。まさに「リアル華麗なる一族」と呼ばれる所以である。

父・松岡功もデビスカップ日本代表に選ばれたテニス選手だったが、東宝グループを継ぐため競技生活を断念。母・千波静は宝塚歌劇団44期生の元男役スターという、芸術とスポーツの両方に縁の深い家庭に育った。

弟をはるかに凌ぐテニスの才能

宏泰は慶應義塾幼稚舎から慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科と、一貫して慶應の名門コースを歩んだ。大学時代は慶應義塾體育會庭球部で主将を務め、全日本大学選手権にも出場。テニス専門誌にもしばしば登場するほどの名選手だった。

弟・修造は自身の著書やインタビューで繰り返し兄の才能について語っている。「兄のほうがよっぽどテニスの素質があった」「もしテニスを続けていたなら、間違いなく名を遺したと思う」と。

幼少期、2人が桜田倶楽部でテニスを習い始めた頃、コーチたちの注目は常に兄・宏泰に集まっていた。体格に恵まれ、テニスセンスも抜群。一方、当時の修造は身長も低く丸々と太った体型で、周囲の大人たちにイタズラをして回るような少年だった。修造がコーチに「自分にも教えてほしい」とせがんでも、返ってくるのは「修ちゃんは、ガッツがあっていいよ」という慰めの言葉だったという。

学業面でも差は歴然だった。兄は本を読むのが大好きで成績もトップクラス。一方、弟は慶應義塾幼稚舎で4年生から落第の制度に怯えながら、三学期にようやく挽回して留年を免れるパターンを繰り返す問題児だった。「何から何まで優秀な兄」と「破天荒な弟」という対照的な兄弟像は、周囲の注目を集める要因ともなっていた。

弟を支えた「バナナ20本」の献身

宏泰は大学卒業後、アメリカに留学。オルブライト大学で経営学を学び、その後ピッツバーグ大学経営大学院を1992年に修了した。この留学時代、弟・修造がプロテニス選手として海外遠征する際には、大学の休みを利用してサポートに駆けつけた。

2014年、家庭画報での初の兄弟取材で明かされたエピソードがある。試合前で神経質になっている修造を安心させるため、宏泰は試合中に食べるバナナを20本も持ち歩いたことがあったという。寡黙で温厚な兄が、弟のために黙々とバナナを運ぶ姿。それは松岡兄弟の絆を象徴するエピソードとして語り継がれている。

修造は兄に全幅の信頼を寄せていた。宏泰が結婚を決意して告げた時、修造の第一声は「おめでとう」ではなく「兄貴、俺はどうしたらいいんだ?」だったという。常に自分を見守り、支えてくれた存在がいなくなることへの不安が、そのまま言葉になったのかもしれない。

ハリウッドから東宝へ

1992年、ピッツバーグ大学経営大学院修了後、宏泰はハリウッドの大手エンターテインメントエージェンシー「インターナショナル・クリエイティブ・マネジメント」に入社した。ボリス・ベッカーらトップアスリートのマネジメントも手がける同社で、資料整理などの仕事を担いながらハリウッド映画会社の裏側を学んだ。

1994年、東宝グループの東宝東和に入社。海外映画の買い付け・配給を担当し、2008年には同社社長に就任。海外畑で着実にキャリアを積み上げていった。2014年からは東宝取締役を兼任し、常務取締役、常務執行役員を経て、2022年5月26日、東宝株式会社の代表取締役社長に就任した。

この人事は「大政奉還」と表現された。父・松岡功が1994年に社長を退任して以来、27年ぶりに創業家出身者が東宝のトップに返り咲いたからだ。就任時、宏泰は56歳。「私の仕事は次の世代に良い形でバトンタッチをすること。そのためのチームリーダーとして、目の前のことだけでなく先々のことを考えながら仕事をしていきたい」と語った。

東宝を過去最高益に導く

宏泰が社長に就任して以降、東宝は破竹の勢いで業績を伸ばしている。2023年には『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』『名探偵コナン 黒鉄の魚影』が興行収入100億円を突破。『ゴジラ-1.0』は日本の実写映画として北米興収記録を塗り替える大ヒットを記録し、アカデミー賞視覚効果賞を日本映画として初めて受賞した。

2025年2月期決算では売上高3131億円、営業利益646億円と、いずれも過去最高を更新。『劇場版「鬼滅の刃」無限城編』シリーズや『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』などヒット作を連発し、アニメ事業を「第4の柱」として成長させる戦略も奏功している。

創立100周年を迎える2032年に向けた長期ビジョンでは、営業利益を最大1000億円まで引き上げる目標を掲げる。従来の自前主義から転換し、M&Aも積極的に仕掛けるなど、日本のエンタメ産業を牽引する存在として存在感を高めている。

「わがままだけどかわいい弟」

2014年の『家庭画報』2月号で実現した初の兄弟取材。宏泰は弟について「わがままだけどかわいい弟です」と語り、修造は「兄には好きなことをしてもらいたい」と応じた。

宏泰184cm、修造188cm。並んで立てば実に立派な兄弟である。一人は日本のエンタメ産業を率いる経営者として、もう一人は日本で最も熱い男として。それぞれの道を歩みながら、2人は今も変わらぬ絆で結ばれている。

かつてテニスコートで兄の背中を追いかけていた弟は、世界ランキング46位まで上り詰め、日本テニス界のパイオニアとなった。そして、テニスより経営の道を選んだ兄は、曾祖父・小林一三が築いた東宝を新たなステージへと導いている。

登場人物

松岡修造

まつおかしゅうぞう
生年月日1967年11月6日(58歳)
出身地東京都
職業タレント,スポーツ解説者,元プロテニス選手
所属ヒーローズマネジメント
代表作ウィンブルドンベスト8,日本人男子初ATPツアー優勝
経歴元プロテニス選手で日本テニス協会理事。世界ランキング最高46位

松岡功

まつおかいさお
生年月日1934年12月18日(91歳)
出身地兵庫県芦屋市
職業実業家,元テニス選手
代表作東宝第11代社長,デビスカップ日本代表
経歴東宝名誉会長。元デビスカップ日本代表テニス選手で、松岡宏泰・修造の父

松岡宏泰

まつおかひろやす
生年月日1966年4月18日(59歳)
出身地イタリア・ローマ
職業実業家
代表作東宝代表取締役社長,東宝東和元社長
経歴東宝代表取締役社長。松岡修造の兄。小林一三のひ孫で、慶應大テニス部主将を務めた